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赤倉温泉

赤倉温泉

開湯 1816年(文化13年)
色 透明
泉質 硫黄塩泉、炭酸水素塩泉
効能 切り傷、やけど、慢性皮膚病、動脈硬化、美肌づくり
特徴 かつて妙高山麓一帯を支配していた宝蔵院(江戸時代には戸隠と並ぶ勢力を持っていたが、明治時代初頭の神仏分離令により廃され、関山神社となる。現在の関山神社社殿北約120mにある旧宝蔵院庭園は、2013年に国指定名勝に指定された)が全盛の時は、妙高山は三尊の弥陀如来の鎮護する霊山であるという信仰のために諸人の登山を禁止しており、地獄谷の温泉引湯は勿論、硫黄の採掘まで厳禁していましたが、1815年に宝蔵院と高田藩が引湯計画に合意したことで1816年、高田藩主である榊原政令は本格的に赤倉温泉工事に着手しました。
同年9月下旬までには地獄谷から温泉場までの引湯工事が成功し、長さ8間(約14m)横6間(約11m)の湯船二箇所(共同浴場)が完成しました。これが赤倉温泉の始まりです。
当初、共同浴場は道の中心に建設されていました。
赤倉温泉という名称は赤倉山の麓に開かれたためで、一本木温泉とも呼ばれました。

文化人として最初に赤倉温泉を訪ねたのは南摩羽峯や三島中州ですが、その麗筆で赤倉温泉を天下に紹介したのは「金色夜叉」で有名な明治の文豪、尾崎紅葉です。
紅葉は、明治32年7月、金色夜叉執筆の疲れを癒すため保養を兼ね、越後から佐渡への旅をしましたが、その初めに赤倉温泉に立ち寄り2泊3日滞在しています。

北地獄谷にある源泉から赤倉温泉集合升までは約6kmあり、引湯管を通ることによって自然と湯もみ*1がされます。源泉の温度は50℃ですが、旅館に届くころには42℃の適温になっています。引湯管の距離があるため、その清掃には「縄流し」と呼ばれる独自の清掃方法が用いられます。
2016年(平成28年)に開湯200年を迎え、温泉ソムリエ発祥の地として知られています。赤倉温泉からは妙高山、高原地帯からは野尻湖、大田切渓谷を望めることから、「見上げる景色、見下ろす景色、間近に迫る渓谷美」というキャッチコピーが掲げられています。

*1「湯もみ」とは、昔から行われている成分を薄めずに温度を下げるという一挙両得を実現したものです。湯は長い引湯管を通って旅館に着くときにはまろやかな湯になります。

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