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杉野沢温泉

杉野沢温泉

開湯 1997年(平成9年)
色 透明
泉質 塩化物泉、炭酸水素塩泉
効能 切り傷、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、美肌づくり
特徴 杉野沢地区は七つの温泉郷の中で唯一、温泉の開湯よりも早く人が住み始めたところで、開湯は最も新しい1997年です。
昔、杉野沢地区では冬の赤倉地域の上水(飲み水)確保のために井戸を4回掘りましたが、どれも鉄成分が多く、飲み水には適しませんでした。その内最も利便性の高かった井戸を温泉として利用したことが始まりです。
過去1000年前、2000年前に其々発生した妙高山の大規模土砂災害では1億立法メートルもの土砂が押し寄せ、これによって現杉野沢地区では甚大な被害を受けました。これらの災害の慰霊碑として苗名の湯開湯後、石碑と観音様が建てられました。
樹齢700年と言われる2本の杉の木が迎えてくれる杉野沢観光協会裏手の薬師堂は、その災害時に流れ着いたとされる巨岩の上に江戸時代中期に建立されました
杉野沢地区は807年(大同2年)開祖と言われ、石器や平安時代の建造物と推測される柱等が出土しています。また、江戸時代に行われた参勤交代では、将軍家、諸大名への手土産として杉野沢地区で獲られた熊の胆(胆嚢)が扱われましたが、当時熊の胆は金の価格の70%もの価値があり珍重されていました。
1804年(文化年間)からは木地師*1の入植から、炭焼き・キハダの出荷もあったとされています。薬師堂に安置されている杉野沢薬師如来像の材質はキハダで出来ており、室町時代の作と言われています。

*1 木地師とは、ろくろを用いて椀や盆等の木工品を加工、製造する職人のことを言います。

杉野沢温泉については、平成9年開湯ということもあり、妙高高原町史(1986発行)には記載がない。
このページの内容は、旅館やまきやのご主人、山川氏の話をベースにしている。山川氏は当時の水道局課長、現在も杉野沢民俗芸能会長としての地位もあり、信ぴょう性が高い。

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